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近代建築史 | |
建築物名 東宮御所(赤坂離宮) |
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近代建築史 設計者 片山 東熊 所在地 東京都 竣 工/1906年 |
赤坂迎賓館 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 東京の元赤坂にある迎賓館の建物は旧赤坂離宮であった。改修前の赤坂離宮は、建築家ジョサイア・コンドルの弟子である宮廷建築家の片山東熊によって1909年(明治42年)に元紀州藩の屋敷跡に東宮御所として建築されたものであるが、当初はあまり使用されなかった。なお、この建物は日本における唯一のネオ・バロック様式の洋風建築物である。戦後になって、敷地や建物は皇室から行政に移管され、国立国会図書館(1948年〜1961年(昭和23年〜36年))、法務庁法制意見長官(1948年〜1960年(昭和23年〜35年))、裁判官弾劾裁判所(1948年〜1970年(昭和23年〜45年))、内閣憲法調査会(1956年〜1960年(昭和31年〜35年))、東京オリンピック組織委員会(1961年〜1965年(昭和36年〜39年))などに使用された。 その後、国際関係が緊密化して外国の賓客を迎えることが多くなったため、1962年(昭和37年)に池田勇人総理大臣の発意により、迎賓施設を建設する方針が閣議決定された。検討の結果、1967年(昭和42年)に旧赤坂離宮を改修し、これを迎賓施設とすることが決定された。5年の期間と108億円(工事費101億円、家具等製作費7億円)の費用をかけて、本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計協力により1974年(昭和49年)3月に迎賓施設として改修された。 片山 東熊 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 片山 東熊(かたやま とうくま、嘉永6年12月20日(1854年1月18日)-1917年(大正6年)10月24日)は明治期に活躍した建築家である。山口生まれ。工部大学校の建築学科第1期生。 宮内省で赤坂離宮など宮廷建築に多く関わる。 主な作品
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